横尾忠則『Y字路』(1)
横尾忠則の芸術全体について語るのが目的ではありません。
そうするためだったら、『横尾忠則グラフィック大全』をひもといて、変幻自在の横尾マジックを楽しめばいいのですが、いまはそれよりも、先週銀座東の、近頃わくわく亭お気に入りの美術古書店で手に入れた、『Y字路』からいくつか作品を紹介したいのです。
そうするためだったら、『横尾忠則グラフィック大全』をひもといて、変幻自在の横尾マジックを楽しめばいいのですが、いまはそれよりも、先週銀座東の、近頃わくわく亭お気に入りの美術古書店で手に入れた、『Y字路』からいくつか作品を紹介したいのです。
彼は数年間やたらに「Y字路」を絵にしてきた。
最初は、郷里のとあるY字路の分岐点にあった、なつかしい模型店が壊されて、姿がなくなったことで、
自分の記憶のY字路の風景が、抽象化していくことに気づいたらしい。その特定の「個」の風景から、
「Y字路」という普遍的な対象を絵にしようと、彼の芸術家魂が動いたのだ。
自分の記憶のY字路の風景が、抽象化していくことに気づいたらしい。その特定の「個」の風景から、
「Y字路」という普遍的な対象を絵にしようと、彼の芸術家魂が動いたのだ。
画集には69枚の「Y字路」画がコレクションされている。
画集の表紙は黒一色。写真では、白紙の帯が巻いてあるが、これを外せば、洋文字の画家の名前と、あとは「Y]が白で一文字画かれているだけ。
表紙の黒は、作品がすべて暗闇のY字路を描いているからだ。
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ところで、Y字路とは、普通つかわない言葉だ。広辞苑にも載ってはいない。
誰が使い出したのかは知らないが、あるいは横尾忠則がはじめて使った言葉なのか?
いっぱんには、別れ道といい、岐路、分岐点、二股道、二筋道ともいったり、古くは追分けなどとも言ったが、「Y」の文字をつかうと、道が「Y」形に分岐している姿が、くっきりとイメージされやすい。
これは一度つかうと、とても便利な表現である。
実は、わくわく亭はごく短い物語を書いて、ブログの「わくわく亭文庫」に入れてあるのだが、そのタイトルが、まさに『Y字路』というのである。
「私」の家にどこからともなく、鳴かない(聾唖の)猫が訪れていたのが、「私」の母親が亡くなると、やってこなくなる。ある日散歩道のY字路で、はじめて別の道をえらんだ「私」はそこでくだんの猫に出遭った…という不思議な話。5分で読めるショートストーリー。
猫好きな人はどうぞ。
猫好きな人はどうぞ。
もちろん横尾忠則から拝借した表題なのです。
そんな縁もあって、画集「Y字路」を手に入れたときは、なんとなく親しい気持ちがしたものだった。