『橋づくし』(4)築地橋

築地橋については、「鏑木清方の『築地川』めぐり(2)築地橋」にUPしてある写真もあわせてごらんください。

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4人の女たちはそれぞれ願いごとを胸に秘めているが、
作者の三島由紀夫は3人の願い事については読者に
タネ明かししてくれる。

42歳の小肥りの芸者小弓は「お金が欲しいのである」
と、一番わかりやすい。

22歳の芸者かな子は、踊りの筋もいいのに、これまで
旦那運がなかったから、どうかいい旦那がもてますよう
にと願っている。
「肥った金持ちの中年か初老の男を夢みている」

22歳で料亭「米井」の娘である満佐子は、映画俳優のRが好きで、Rと一緒になりたいという願望がある。
満佐子は芸者たちの色事をいやでも目にする料亭の娘でいながら、色事には臆病で、ミーハーなのである。Rが「米井」に来たことがあり、一目惚れして、部屋にはRの写真を貼りまくっている。
ただのファンとは違い、新橋の一流料亭の娘なのだから、Rとの結婚の夢だって叶わぬはずはない、と思いこんでいる。

このRとは誰のことか。文学者であり都市文化の研究者でもあった(いまは故人となった)前田愛氏の説によると市川雷蔵のことだそうである。

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雷蔵を知らない世代が多くなったということなので、「角川映画」の画像を拝借して、なつかしい「雷様」の横顔をUPしておきます。

三島は満佐子のRに寄せる気持ちを、次のように
書いている。

「Rがものを言ったとき、自分の耳にかかったその
息が、少しも酒くさくはなくて、香(かぐわ)し
かったのを憶えている。
夏草のいきれのように、若いさかんな息だったと
憶えている。
一人でいるときにそれを思い出すと、
膝から腿へかけて、肌を漣(さざなみ)がわたるような気がする」





ところが、3人の後を、黙ってついてくる「米井」の女中「みな」もおなじように、なにか願い事をしているらしいのに、何を願っているのか作者は明かさないから、読者にはわからない。

3人はまじめに橋巡りをしているのに、田舎出の女中「みな」は真剣味がない。
満佐子とかな子は、
「その姿を、自分たちの願望に対する侮辱のように感じた」のである。

さて、築地橋である。
三島はこう評している。

築地橋は風情のない橋である。橋詰の四本の石柱も風情のない形をしている。
しかしここを渡るとき、はじめて汐の匂いに似たものが嗅がれ、汐風に似た風が吹き(略)

築地橋を渡って、4番目の入船橋に向かって進んでいたとき、かな子が不運にみまわれた。
食中りらしい腹痛が起きたのだ。

かな子のピンチである。