「文学の中の尾道」花本圭司

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 尾道に『尾道文化』という雑誌が、尾道市文化協会から毎年発行されています。

 毎号ほぼ200ページある、充実した内容の文化誌(文芸誌といってもかまわない内容)です。

NO.23(2005年)とNO.24(2006)に尾道在住の詩人の花本圭司さんが『文学の中の尾道』という随筆を連載しています。

 花本さんは東京生まれですが、1945年から尾道に住み、高校の教職にあるかたわら詩人として活躍してきた人で、『少年の旅』『空中楼閣』『見えない飛行機』などの詩集があります。

『文学の中の尾道』(一)では、林芙美子の『風琴と魚の町』『放浪記』、志賀直哉の『暗夜行路』といった尾道もの定番の純文学から、小津安二郎の『東京物語』という映画、草野唯雄『瀬戸内海殺人事件』内田康夫後鳥羽伝説殺人事件』あるいは松本清張『内海の輪』といった推理小説にまで目配りして、戦前から昭和30年代、40年代の尾道がいかに表現されているかを論じています。

 その(二)になりますと、昭和60年代の文芸作品に現れた尾道を、じつに広汎に蒐集して紹介しています。
 ほとんどが推理小説で、西村京太郎『尾道で消えた女』『しまなみ海道追跡ルート』木谷恭介『尾道殺人事件』内田康夫『しまなみ幻想』などなどです。
 尾道は純文学の舞台からエンタメの舞台になるほど、観光ルートになっているといえましょう。


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 花本さんの労作『文学の中の尾道』に「尾道船場かいわい」と「ふたたび祭りの日に」が幸運にもひときわ広いスペースを割いて論評してあるのです。

 まず(一)篇では昭和30年代を舞台にしている「尾道船場かいわい」をこのように評してあります。



 芙美子や直哉の作品には、生活者でありながら尾道の町の人の生活状態が書かれていない。例えば、林芙美子『市立女学校』には教室の状景は描かれているものの、暗い図書館の中で一人で本を読んでいる。その向こうで明るい日差しの降り注ぐ尾道の町が描かれている。

 しかしこの時代を書いたものでは、森岡久元『尾道船場かいわい』が尾道の人たちをリアルに描きあげている。

 森岡尾道商業高校の出身で、尾道に育ち、尾商文芸部出身で、尾道に郷愁を感じている人だから、他の作家のように「旅人の目」では書かない。

 大林宣彦と同じように、時代の人間不信を越えた、人間の暖かさをもっている。描写に在来線の駅前や渡し場、久保丸山の雰囲気が出ている。


 わくわく亭はもとより、作者の「森岡」氏びいきではありますが、花本さんによりますと、森岡氏の尾道描写は林芙美子志賀直哉にまさっているように読み取れるものですから、これって「誤植?」と眼をこすったりしましたね。

 しかし、しかし、その(二)にいきますと、花本さんの「森岡評」はあれよあれよ、と天井しらずに昇っていくのです。すこし長い文章ですが引用します。

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 実は昭和30年代に尾道を書いた小説や詩に、高校文芸部の作品に優れたものが多い。(略)高校文芸誌連盟が備後地区にはあって、尾道商業から連盟誌に載せた森岡久元の『夏祭り』は、ある夏、尾道へ遊びにやってきた女子大生と知り合った高校生が、仄かな恋心を抱く。腹違いの七歳の妹がいて、二人で夜の海へボートにのせて案内する。
 これが西御所町に二つ並んだ旅館の一つの息子と、そして隣の旅館に泊まった女子学生である。淡々と書かれていて、高校生の心境とともに、当時の尾道がよくかけている。

 作者はこの作品が捨てがたく、つづきを『ふたたび祭りの日に』として「姫路文学」に書いている。
その時の女子大生が成長して大学教授になり、ある学会に出たとき、私大の教授から昔の高校文芸連盟の機関誌を見せられ、「これは先生の若い頃の話ではないですか」といわれる。
 尾道の話をしていての話。
 
 彼女はまさしく自分だと悟って、30年ぶりに尾道へ行ってみる。

 高校生は死んでいて、7歳だった女の子は中年の婦人になっている。モチーフがモチーフだけに少し撞着しているが、すばらしい作品である。
 
 祭りは最初のが、住吉祭り。女性が再来のときのは港祭りで、祭り好きのこの作者には、ベッチャー祭りの小説もある。『尾道船場かいわい』にそれらは収めてある。
 すべて生活感のある作品である。
 



 この文章を書き写しながら、たしかに「ふたたび祭りの日に」には森岡氏が高校時代に書いた小説が「劇中劇」として挿入されていることを思い出します。
 花本さんは、森岡氏の小説を高校生の頃から今に至るまで読み続けているわけで、そうでなければ、上記の裏話はわかりません。

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「花火」は第11回尾道四季展金賞受賞作品で、出本良広さんの油彩です。尾道の祭りの夜景として
添付して紹介します。 

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