『百日紅』(2)

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 『百日紅』其の1「番町の生首」



 開巻最初の口絵が、いきなり「枕絵」(春画。男女閨中の秘戯を描いた絵←広辞苑)で、ことば書きが「おまへほど、かァいゝ男ヲもふ五六人ほしい、そうしてよるひるつゞけてさせていたい」とあるから、このマンガ18歳未満(いや、いまではRー15とするべきか)には御法度かと立ち止まる、という「おとなマンガ」という趣向です。

 話の其の1から其の4までの口絵には、枕絵を描いていますが、すべてお栄の作品から杉浦日向子さんが模写したものだと思われます。

 其の5から其の30までの口絵には、北斎、英泉、国直による、枕絵だけでなくさまざまな浮世絵を模写していますが、すべてもとの絵の画題を紹介しています。
 なぜ、其の1~其の4までの模写の元絵の作者名(お栄)と題目を書かなかったのか、理由不明です。

 若い美人のマンガ家である杉浦日向子さんから、この原稿をみせられた雑誌編集者は「えっ?!」と
顔を見直したことでしょうね。(こんな、かわいい顔して、よくやるよ…ってね)

 其の1の「枕絵」の左上には讃があり、マンガのタイトルとなった千代女の俳句がかかげてあります。


       散れば咲き 散れば咲きして 百日紅


 いきなり春画の話ではじまりましたが、これで驚いちゃいけません。

 日向子さんが描きはじめたマンガの主人公は、春画全盛期の江戸中期から後期における主要な絵師20人の一人に数えられ、もちろん唯一の女性絵師であります。

 彼女の仕事が浮世絵であり、たくさんの枕絵だったのだから、それを抜かせば、彼女の生活が描けないことになるのです。
 なにしろ、父親は枕絵でも江戸一番の(ということは世界一の)浮世絵師北斎だったのだから、枕絵なしで、このマンガは描けないのです。

 杉浦日向子さんは江戸のポルノ画、枕絵がすきだったのですか?
 そんなことは、どうでもいいことです。枕絵もふくめて、お栄の生き方のすべてが好きだったに違いないのですよ。


 そして、口絵をめくると、第一コマに「文化11年・江戸」と時と場所が記されます。

 文化11年とは1814年、いまから193年前です。

 まず最初に登場してくるお栄が「北斎の三女23、父よりアゴと呼ばれる」と紹介されています。

 つぎに、いそうろうの池田善次郎が「23,のちの渓斎英泉(けいさいえいせん)」と紹介され、汚い家の中で布団を引っ被って絵を画く男が「葛飾北斎 55」と紹介されて、主たる3人の顔見せをしています。

 予備知識として、北斎の一番売れた画集である『北斎漫画』の初編が刊行されたのが、この文化11年だったということと、有名な馬琴の『南総里見八犬伝』の第一輯が出たのもこの年だったということを知っておくといいでしょう。

 馬琴の『八犬伝』の挿絵を描いたのは、柳川重信で、かれは北斎の長女のムコであり、お栄の義理の兄さんということになるのです。

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 文化11年、きたない、掃除など一度もしたことのなさそうな、ごみの散らかりっぱなしの借家
北斎とお栄ちゃんと善次郎の3人暮らし。さいごの其の30まで、変わらない設定です。

 その借家はどこにあったのでしょうか?

 北斎は有名な引っ越しマニアでした。90歳の生涯で、なんと93度の引っ越しをしています。1年に1回以上の引っ越しですよ。
 後世の研究者にとって、北斎がいつ、どこに住んでいたか、とてもわかりにくい問題なのです。

 杉浦日向子さんは、どこに北斎とお栄ちゃんの家を設定して『百日紅』を描いているか、知りたいところです。


 そこで、わくわく亭が、北斎の家さがしをいたします。

 1.いろいろな北斎年譜に当たってみると、文化5年に本所の亀沢町に住んでいます。引っ越しは
   しても、だいたいが本所かいわいです。亀沢町が主たる候補地です。

 2.亀沢町の北となりにある石原町にもたびたび住んでいました。まず、亀沢、石原町かいわいと
   考えて、大して外れはしないでしょう。

 3.本所亀沢町から大川(隅田川)にかかる両国橋はすぐ近くです。其の4「木瓜」で、善次郎が
   歌川国直と顔見知りになるのが橋の上です。橋は両国橋にちがいないでしょう。

   国直がいつも橋に来て張っているのは、橋上でぶつかったことのある女に一目惚れして、また
   会う機会をもとめてのことですが、その女というのがお栄ちゃんだったのです。

   彼女は両国橋を渡って、(北斎とは別居している)実母に会いに行く途中だった。

 4.両国といえば、見せ物小屋がつきもの。其の14「波の女」では、女力持ちの大汐太夫
   恋物語が語られて、お栄ちゃんが太夫びいきで、舞台幕を贈るシーンがあるが、お栄ちゃんの
   住まいが、いかにも両国からちかい印象をうけるじゃないですか。

 
 まず、以上の推理で、お栄ちゃんと北斎の借家は本所亀沢町かいわいと定まりました。


 参考のために、江戸切絵図と現代の地図をUPしますので、亀沢町の位置を確かめてみてください。

 時代小説を読むときには、わくわく亭は江戸と現代図をひらいて、主人公がどこに住んでいるか、どこで女と逢い引きしているか、どこで刺客に襲われてチャンバラがはじまるか、と想像をリアルにして楽しむことにしています。
   
   
              『百日紅』(3)につづく