指を鳴らす

イメージ 1

  ラジオの番組で、リスナーから募集していた「わたしの得意技」を、

 アナウンサーが披露していた。

  ちゃんと聞いていたわけではないけれど、面白い得意技がたくさんあった。

 たとえば、こんな「わたしの得意技」がある。


 1.舌先の豆を鼻孔に詰める。

   「わたしは、舌が生まれつき長くて、舌の先にグリンピースのような豆をのせて、

    上に持ち上げ、豆を鼻孔に詰めてしまうことができます」


 2.足でソックスをはく。

   「わたしは手を使わないで、両足だけ使って靴下がはけます」

   アナウンサーいわく。

   「片方をはくのは誰にでもできそうですが、靴下をはいた足で、のこりの片方にはかせる

   のは、ワザですね」


 3.パチンと指を鳴らす音を、口で鳴らす。

   「子供の頃、まわりがみんなパチンと指が鳴らせたのに、わたしはどうやっても

   鳴らせなかった。

   くやしいので、口で舌を使ってパチンと音を鳴らす練習をして、

   ついに指を鳴らすしぐさをしながら、パチンと口で鳴らすことが

   できるようになりました」

 
 そんな、たわいのない、おかしな「わたしの得意技」がつぎつぎと読み上げられていた。



  さて、3.に書いた「得意技」の持ち主は、その後、映像製作のディレクターを仕事にする

 ようになったらしい。「はい、スタート」という場面で指をパチンと鳴らすのが、職場での

 慣わしになっている。

  そこで、少年時代にやった「得意技」をつかってみた。しかし、うまくいかない。作業の

 進行のポイントと、口で鳴らすパチンの音に微妙なズレがある。おまけに、指が鳴っていない

 ことがみんなにバレてしまった。

  ディレクターの権威が失墜してはならないので、彼は「得意技」を封印した。いまは、右の

 手をこぶしに握って、突き上げながら「はい、グー」とやっている。

  どうだろう、「はい、グー」って、権威が感じられるかい?


  キッチンでラジオを聞いていた女房に、わくわく亭は話しかけた。

 「オレの得意技の音を聞いてごらん」

  わくわく亭はパチンと指を鳴らした。

 「男のひとは、たいていの人ができるんじゃない。わたしだって鳴らせた頃があったもの。

  親指と中指で鳴らすんですよね」

 「そんなの、得意技とはいわないよ。見てごらん、オレは薬指と親指で鳴らせるんだぞ」

  わくわく亭はまたパチンと鳴らした。


  少年の頃、わくわく亭はどの指で鳴らせばいいのか知らなかった。

  自分でいろいろ指を替えてこころみた。親指と人差し指、親指と中指、親指と薬指、そして

 親指と小指までも。

  みんなが親指と中指を使っているらしいとは分かってきたが、それをやってみてもいい音が

 鳴らない。一番いい音が鳴るのは、僕の場合は親指と薬指だった。

  僕は親指と薬指で鳴らすことを練習した。そして、ついにパチンと立派な高い音が

 鳴るようになったのだった。

 「どうだ、オレの得意技だろう」

 わくわく亭は女房の顔のまえで、パチンと鳴らした。

 「指を親指の根もとにぶつけてならすんでしょ。普通だったら薬指では届かないんじゃないの。

 あなたの薬指は長すぎるんですよ。こうやってみせてみて。そ~れ、中指より薬指が

 長いみたい」

  まさか、とは思いつつも、わくわく亭は片手を女房の前へさしだした。

 「中指がやっぱり長いわね」

 「あたりまえじゃあないか」

  わくわく亭は親指と薬指でパチンと鳴らしてやった。

  女房どのいわく、

 「あなたは、指がみな長いんですよ」

  彼女は、まだこれを「わたしの得意技」と認めてくれていないのであります。




  上の画像は、まいどお世話になっている『安野光雅の画集』(講談社)から、

  「うさぎときつね」です。