『二つ枕』杉浦日向子(2)

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

 『二つ枕』は月刊マンガ誌「ガロ」1981年8月号~11月号の4回に連載された、初期の杉浦日向子の傑作である。

 「初音」「麻衣」「萩里」「雪野」の4編連作であるが、タイトルは主人公の遊女の名前である。

 ここで杉浦日向子さんの特筆すべき才能を指摘しておこう。

 これはたくさんの読者のうち、何パーセントの人が気づいているか知りたいところだが、作者は4編を
それぞれ別々の浮世絵師の画風を真似て、パロディーっぽい遊びをしていることなのだ。


               □   □   □


 第1話。
 「初音」はウブな商家の息子が、はじめて吉原につれてこられて、はじめて遊女との
 お床入りなのがだ、そのために遊女の名前も「初音」とつけておもしろい。
 ごらんください、絵は美男美女を得意とした鈴木春信を模したものです。


 第2話。
 「麻衣」は遊びがすぎて勘当された息子と、金の切れ目が縁の切れ目と見限る遊女の気持ちを、クール に描いたもので、セリフがいい。
  勘当息子が、ヤケになって呑めない酒を注文するのへ、遊女が、
  「モウ止しねェな、過ぎると毒だによ」
  「くじを買っても矢場へ行ってもとんと当たらねえから、ひとつ毒にでもあたってみたい。
   久しく死んでみないから、ちょうどいい」
  眠った男の頭をひざに抱き上げてやる遊女の姿が、じんとくる。

 この「麻衣」は葛飾北斎に模した筆遣いである。

 
 第3話。
 「萩里」はお茶を引いてばかりの安女郎へ雨のなかから飛び込んできた、いわくありげな金のない職人 女郎の人の良さが、つらい浮世の一瞬のやすらぎをかもしだす。

 はげしい男女の抱き合う場面。目の描き方に特徴がある。
 そうだ、渓斎英泉の筆を模している。


 第4話。
 「雪野」では遊女よりも客の方が上手な遊び人。通人である。
  客が口が上手なものだから、遊女は、
 「エエモ、この口があるから、やかましい」とジレてみせれば、通人は、
 「ふさいでくんな」とのたまう。つまりはキスをしろってこと。
  遊女はいわく、
 「知れたことよ」

 浮世絵の美人画で、春信、北斎、英泉、ときたら、あとに残った絵師といえば、そうです。
 歌麿しかいない。
 みごとに歌麿を模したラストシーンです。

 これで、わくわく亭がなぜ杉浦日向子さは「早熟」の人だと言ったか、得心いただけたでしょう。

 23歳で、これだけの洒落本勉強の成果と、江戸人情の研究、吉原の風俗考証、ETC.をなしとげて、しかも画像に出来るって、彼女は天才だったのかもね。

 『吉原手引草』で直木賞をとった作家も、文字では書けても、絵にはできない。

 小説ならば、知らないことは書かなきゃいい、ですむが、マンガは絵は、そうはいかない。吉原の廓や茶屋の内部を、見てきたように描かねばならない。髪型も、櫛かんざしも、部屋の調度品も、襖の絵や、屏風の書まで、空白にして逃げるわけにいきません。
 大勉強しないと、コマの空白は埋められない。

 だから、わくわく亭は言ったわけ。

 「直木賞の選考委員のみなさん、松井今朝子さんの江戸言葉の知識量に圧倒される前に、杉浦日向子さんのマンガをお読みなさい」と。

 わくわく亭は、だから杉浦日向子さんを尊敬するんです。

 失った彼女の才能が惜しまれてならないのです。