尾道少年 ヒカルくん(5)

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 ラーメン店をでると、僕が小学5年から高校卒業するまで暮らした尾道一番踏切のあたりを歩くことにした。花本さんとヒカルくんと3人。
 僕の小学校である土堂小学校を長い石段を上がってみた。ほぼむかしのままのようだった。
 校庭から千光寺山へ登る裏道が見える。
 
 写真はそれです。校庭で遊んでいるのはヒカルくん。

 踏切そばにある喫茶店雀荘は、いまではすっかり尾道ファンには有名になった。孔雀荘わきの路地の奥に井戸がある。この井戸の水が僕らの飲料水だった。井戸のまわりの家家は、ずいぶん荒れていて、人が住んでいそうもないものもあった。
 さらに、路地の奥へといく。
「気味がわるい」とヒカルくんが尻込みするくらい狭い路地だった。

 写真はその路地の奥。ここに僕は住んでいた。僕を知っている人は、もういそうにない。

 さいごの写真は小学校下にある跨線橋から撮った、一番踏切とJR尾道駅

 おもてに出ると尾道駅から電車が発車するところだった。

 「写真とって、とって」ヒカルくんがいうから写真をとる。
 「とれた?」とデジカメをのぞいて、
 「よかったね」という。

 さて、尾道土産の魚の乾物を買う時間もなくなったようだ。

 新尾道へ送ってもらう。

 時間はあと30分あるから、花本さんとお茶を飲むことにして、別に用のある夫人は、その後で花本さんをピックアップするという。
 さあ、ヒカルくんとはお別れだ。
「ヒカルは、車を降りないで。わたしといっしょにくるのよ。図書館へ行こう」
「いいね。図書館」
「ヒカルくん、今日はありがとう。バイバイ」
「バイバイ」とかわいい尾道少年は、短いあいさつをくれただけ。

 夫人から、
「お笑いぐさの、わたしがつくった野菜のおみやげをもっていってください」
 食品スーパーに出しているパッケージになった「てんぷらセット」の野菜のいろいろ。それとまるまる太ったタマネギを1っこ。
「よく売れるんですか」
「ほんとは、売りたくないの。かわいいから」

 駅の窓口で新幹線の切符を買うため、ちょっと花本さんにはそばのコーヒーショップで待っていただく。
 ところが窓口には一人しかいなくて、なかなかはかどらない。僕の順番がくるまでに20分もたってしまった。
 これでは花本さんがせっかく注文してくれたアイスミルクを食べる時間がない。

 花本さんと文学の話をするために尾道へきたのに、その時間はもうなさそうだ。
 花本さんは僕が高校の文芸部で書いていた当時の小説を読んで、僕の名前を覚えたのだという方で、僕が高校を卒業して尾道を離れたあとで、僕の後輩たちに詩の指導をなさったという。
 僕が長い年月のブランクのあとで、小説を書き始めたとき、すぐに僕を思い出してくれたお人なのだ。
そのころの、なつかしい話ができそうにない。

「まだすこし時間はあります。わたしの時計はいつも15分すすめてありますから」と花本さんは
店の柱時計を見て、おどろいた。
「あれ、あと5分しかない」
 僕はアイスミルクのスプーンを置いて起ちあがった。

 するとお店のかわいい顔をした女子従業員が、
「その時計、5分すすんでいます」とにっこりと言った。



 東京に帰って、翌日のきょう、花本夫人が手塩にかけて育てた野菜を、テンプラにして食べた。
 じつにうまかった。
 花本さんにお礼の電話をいれると、
「家内は、野菜畑にいっております」ということだった。
 あの車で、フェリーで渡っていかれたのだろう。
「ヒカルくんのおかげで、とってもしあわせな半日になりました」
「あんな、さわがしいもんを、守りしてもろうて」
 お守りをしてもらったのは、こちらのわくわく亭でした。

 そして、わくわく亭は妻にたのんで、ヒカルくんに東京の焼き菓子を送ることにしたのでした。