江戸の盗人たち

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こんどは、大田南畝が、山手馬鹿人(やまてのばかひと)の名前で書いた小咄本『蝶夫婦』(安永6年出版)から、盗人(ぬすっと)にまつわる笑い話を3つ、読んでいただきましょう。
 
 はじめに、「大誓文(だいせいもん)」という言葉の意味を知っておいてください。「神に誓って嘘ではない」というときに、口にくわえた指で額に唾をつけながら、江戸っ子は「大誓文」と言ったのです。


      《盗人の恋風

  まんまと家に忍び込めば、弁天さまのような女が、たった一人、麻の糸を撚(よ)っている襟元の美 しさ。盗人も襟元がぞっぞとして、どうもこたえられぬゆえ、そろそろと後へ廻り、小声に、
 「もしへ、もしへ」といえば、かの女振り向いて、
 「誰じゃ」という。
 盗人、指をくわえながら、
 「ぬす人さ」
 「ナニうそばっかり」
 くわえた指でひたいへつばを付け、
 「大せいもん」

 恋した女から、「うそばっかり」とやられたときには、たとえ盗人であれ、男というものは、「なにがうそなものか。誓うよ」とムキになるものです。それにしても、自分が盗人であることを、大まじめに誓う、まぬけな奴。

 盗人が忍び込んだ家の人に姿を見せるのは、もってのほかのこと。家人にみつからないように、物音など立てぬようにすることは盗賊のイロハのイの字じゃないですか。
 (といって、なにもわくわく亭が、変に盗みに詳しいわけではありません)
 こんどは、物音立てるべからず、のはなし。


      《盗人》

  盗人2人、宵より庭に忍んでいるが、久しいうち、下冷えして、ひとりの盗人屁をひとつひった。
  いま一人の盗人、耳すこし遠かりけるが、いかがしてか、いまの屁の音を聞きかじり、
  「いまのはなんだ」と小声にきく。
  「いまのは屁だ」と小声に答える。
  つんぼなれば聞きつけず、
  「いまのは何だ」ときく。
  「はてさて、屁だというのに」
  まだ聞き入れず、おし返して、
  「いまのは何だ」ときく。
  面倒になり、われをわすれ、大声にて、
  「屁だというに」


 大声あげていれば、いつかは盗人も捕まっていまう。つかまったなら、江戸時代は罪を白状させるのに、それはきつい取り調べをやったものですぞ。


      《盗人の白状》

  「その盗人、ここへひけ。ソレ、たたけ。ねじり上げろ」
  「アイアイ、わたくし、何も盗んだおぼえなど」
  「ナイとはいわさぬ。それ、首へ縄をつけて、そいつがまたぐらへ引ッ込み、木の上へ釣り上げろ」
  「かしこまった」と引きこめば、
  「アイ申します、申します」
  「ソレ縄をゆるめてやれ。サアありていに白状しろ」
  「アイ申します、申します」
  「はやくぬかせ」
  「申しましょうか」
  「きりきりいいおれ」
  「アイ、はじめて、じぶんの尻の穴を見ました」

 盗みを白状するかと思ったら、自分の尻の穴を見たと白状するという大間抜け。(それとも、それくらいの拷問は「屁」ともおもわぬ大盗賊だったのか)

 以上3つの盗賊篇です。