ボールペンは凶器か?

 
 わくわく亭は本を読むときに、ボールペンが欠かせない。傍線をひいたり、余白に書き込みをするからです。
 家の中でなら、筆記用具はなんなりと手近にあるからいいけれど、とくに乗り物に乗って本を読むときの話です。

 電車や地下鉄の中で文字を書くには、ノック式のボールペンが一番使いよいように思います。
 キャップがついたもの(たまにまちがって、万年筆をもっていたりする)では、乗り物の揺れや振動に対応するには不便です。とくに立ったままで読んでいるときには、キャップを口にくわえたりしなきゃならないから。
 
 若いころは、本には傍線一本引くのもためらったものですよ。やむをえず線や文字を書くにしても、それはエンピツで、しかも黒色にかぎり、赤エンピツはめったに使わなかった。赤は消しゴムで消えにくかったから。

 ボールペンで書き込みをすると、インクの文字が消せないから、エンピツかシャーペン(正しくはシャープペンシル)の方がいいのではないか、という指摘がありますが、ちかごろは、よほど大事にしている本でなけば、どんどんボールペンで書き込んでいます。
(いまは精神的に堕落したのか、どうせ自分の本だし、いつか古本屋にもっていこうという魂胆もないものだから。それに、別のところに、思いついたことを書くと、すぐに書いたメモや紙片は無くなってしまうじゃないか)

 外に持ち歩くのにエンピツは不便だし(まだエンピツなんてもの使っているの?と、おどろく人もあるかもね)、シャーペンは揺れる電車では、シンがポキポキ折れやすいし(そうでもないって?)、つまるところボールペンってことになる。  


 さて、本題にはいりますが、ボールペンは危険な道具でしょうか?

「ときには凶器にもなるぞ」といわれて、「なるほど」と納得できるでしょうか?

 先日、電車に乗っていて体験したことです。正午まえの車内はそれほどの混雑ではなかった。
 僕はつりかわにつかまりながら本を読んでいました。気に入った文章があったので、しるしをつけたいと思って、ノック式のボールペンをショルダーバッグから取り出しました。
 
 左手に開いた本、右手にボールペン。となると、ほんの数秒間、僕の手はつりかわを離れます。その間、電車の揺れを両足のバランスで吸収することになります。

「危ないじゃないか。あなた」
 僕の前の座席から声があがっている。
「あなた、あなた」
 まさか、僕が呼ばれているとは気づかなかった。
 本から視線をはずして、声の主を見ました。
「ペンをつかうのを、やめなさい」とげとげしい口調は僕をめざしているのです。
「ペンが、なにか」僕は相手が非難する意図が、まだわかっていなかった。
「そのペンが危ないというんだよ。電車が揺れて、そのペンがわたしの眼に刺さったらどうするんだ。
 そんな危険な物をつかうのは、すぐやめてくれ。無神経にもほどがある」

 一瞬、あっけにとられた。僕の無神経を非難する相手は、背広にネクタイすがたの50代くらいの男性です。ほそおもてで、たしかに神経質なかんじの人だ。
 
 こちらに非のある行為とも思わないのだが、座っているとペンが気になってならない人だっているわけだから、とここは素直にペンを内ポケットにおさめました。
 
 その人は、けわしい眼で僕をねめつけてから、まわりにも、よく聞こえるように声を強めていいました。
「ペンが凶器になることだってある」

 えっ。凶器だと。そこまで非難されることか。
「凶器ですか。そこまでは、ないでしょう」と僕はいいました。

 相手はむっつりと口をつぐみ、僕を無視すると、まぶたを閉じてしまったのです。ですが彼の激情がまだおさまらない証拠にまぶたがケイレンしています。
 自分がいいたいことは言うが、他人がいうことには、まったく耳を貸さないというタイプです。おまけに、いきなりキレたように、攻撃的にしゃべる。

 そんな人、若者ばかりか、中高年にも多くなった気がしますが、どうでしょう。

 ボールペンが電車の中では危険な道具であり、ときには凶器にもなるという重大な事実を、ポールペンのメーカーは知っているのでしょうか。車内に危険なペンの持ち込みを、禁止する措置を電鉄会社は至急検討すべきではないのでしょうか。(笑)?