銀座一丁目
わくわく亭の仕事場は京橋にありまして、大泉学園からは西武線で池袋に出て、有楽町線の銀座一丁目まで地下鉄を利用します。
前方の出口から地上に階段を上がると、中央通りを横切っている東京高速のむこうに、京橋交差点がみえます。地上出口から仕事場まで歩いて、あと数分の距離です。
ところで、ちかごろのウォーキング不足のせいで、改札口から地上までの短い階段が、ちょっと面倒になっています。
ホームから改札口までは高齢者の乗客サービスのためにエスカレーターばかりか、エレベーターまでが増設されて(誓って申しますが、まだわくわく亭は一度も利用したことはありません)、便利になっていますし、地上までの階段の途中まではエスカレーターがあります。(そのエスカレーターは利用します)
どうでしょう、このところバスは低床式になったし、駅にはエレベーターがつくし、歩道橋にまでエレベーターがつくようになったでしょう。高齢化社会になった証拠です。
さて、銀座一丁目の地上出口まで、のこりの階段はおよそ40段です。
僕よりさきに階段を上っている老夫婦がありました。手すりをつかんで、一段一段時間をかけてのぼります。みたところ、70代の後半か80前後高齢らしい。
「あと何段くらい」
「もうすこしですよ」などとふたりは声をかけあっています。
僕はかれらに追い付きましたが、横をすりぬけて追い越すこともしないで、一段一段かれらのペースにあわせてのぼりました。
ふたりは、どうやら地図をもっているらしく、
「これを上がったら、店はすぐ左にあるはずだ」といいながら、立ち止まって、休みながら紙を見ているようすです。
かれらにつきあって、ゆるゆる上っていたのは、僕じしんそのペースが楽だったからで、ほかになんの理由もないのです。
階段はのこり数段になりました。
このご老人たちは、どこへいくのだろうか。
階段を上がりきったすぐの左には、そうです、あらたに出店してきた《はせがわ》の豪華な銀座本店があります。《お仏壇・お墓のはせがわ》で、テレビのコマーシャルもよく見かけます。
そのとなりが、しにせのバッグの店《タニザワ》で、僕もむかし買い物をしたことがあります。
そのまた隣が、《GINZA・TANAKA》で改装してぴかぴかの店になった、地金、金貨を取り扱う貴金属商です。
僕わくわく亭は、2年目に老母を亡くしたときには、妻と仏壇を買いに鶯谷までいったことを思い出しながら、目の前の二人は《はせがわ》に用があってきたのだろうと推測しました。
自分たちのための仏壇を買うのか、墓石についての相談でもするのだろう。
はたして結果はどうだったか。
僕は仕事場につくと、老夫婦の行き先をクイズにして、女の子に訊いてみたのですが、
「もちろん、TANAKAだったんでしょ。いまどきの老人はお金持ちだから、金投資か、相続対策なんじゃないですか」
いや、恐れ入りました。どんぴしゃり。
彼らふたりは、有名な貴金属商の、金色に輝いている店舗に入っていきました。
入り口には、リアルタイムに金相場の表示がなされるボードがあり、若くてチャーミングな女店員が礼儀正しく投資家のお客を迎え入れています。
僕なんか、金の地金だの金貨だの、触ったこともないし、それを投資のために売り買いする店舗だなんて、場違いで、あがってしまう。びびってしまうよ。
彼らは、ピンと背筋をのばして、いかにもお金持ちらしい、悠揚迫らぬ態度で奥へとすすんでいきました。
、