秩父の梅の実

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 秩父の梅の実について書くことにしていたのですが、いきなりそれから書いたっておもしろくないな、と思っていたところ、諷刺漫画の横山泰三さんが亡くなったというニュースを聞いたので、これを書くことにしました。
 
 泰三さん→隆一さん→フクちゃん→秩父の梅の実、という“まわりくどい”論法です。

 横山泰三さんは90歳で亡くなった。6月10日でした。泰三さんの社会、政治の諷刺漫画は当時の僕らには硬すぎて、ちっとも面白くなかった。
(なにせ、わくわく亭もまだ若かったのですから)
 泰三さんの実兄である横山隆一さんは、新聞連載の4コマ漫画「フクちゃん」で大人気の時代がありました。
 
 毎日新聞朝刊が「フクちゃん」で、競争紙の朝日新聞朝刊が「サザエさん」で、漫画ファンの人気を2分していました。
 「フクちゃん」ファンが西日本に多かったのは、毎日新聞が西日本で強かったせいです。関東では圧倒的に「サザエさん」人気が上だったでしょう。

 「フクちゃん」の漫画は、フクちゃんをとりまく少年たちの生活ぶりが面白く描かれていました。傑作といわれたものの一つを、僕はいまもよく憶えています。

 フクちゃんがもっているゴム風船を、3つ年下の少年キヨちゃんがほしがっているが、フクちゃんはやるといわない。ふいに風で風船が空へもっていかれ、取り戻せなくなってから、フクちゃんはキヨちゃんに「あげる」という。風船はビルの上のほうへと飛んでいく。風船を見上げるキヨちゃんが、「あれ、ぼくのだね」というと、フクちゃんが「うん」とこたえている。

 わくわく亭は秩父の山にせまい土地をもっていて、いつの日にか「いおり」めいたものを建てたいと柄でもないことを夢見ていました。
 10数年がたって、まわりにはログハウスなど別荘風なものや、普通の住宅も建ちました。
 草木が茂って、ほったらかしになっているのは、わくわく亭の土地だけです。
 
 買ったとき植えてあった若い木々が、大木になったものだから、台風などで木が倒れないかなど不安を
訴えられるようになりました。植木屋さんたちと見分にいき、切ってしまうことにしました。
 その数は30本にもなりました。

 何本かの桜の木と、毎年たくさんの実をつけるという梅の木は枝の剪定だけして残しました。

 いっしょに行った僕の妻が、北隣の住宅に住む婦人とはなしています。
「それは、たくさんの実がなって、もったいないなと思いながら見ています。ときには猿がきてたべています」
「猿ですか」
「猿、タヌキ、イノシシもいるんですよ」
「どうか、実がなったら、採って召しあがってくださいね。わたしたちは、そんなにたびたび来ませんので」
「ありがとうございます」

 また、春がきて、そのまたつぎの春がきて、ウメの実がみのるころになると、ふと思い出して、わくわく亭の妻がつぶやいています。

「きっと、うちのは、おいしいウメでしょうから、あの奥さんもよろこんでいるわよね。梅酒にしたっていいし……もったいないわ。いいウメがなっているのに無駄にしちゃって」
「無駄にはならないよ。だれか、近所でほしい人が採ってるよ」
「いいえ、あれは、うちのウメですからね」