西橋美保の新歌集「うはの空」

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西橋美保さんの歌集『うはの空』が出版された。『漂砂鉱床』から17年ぶりの新歌集である。

481首が収められている。その歳月の中で作者の生活が大きく変化したことが分かる。

お子さんの成長の喜びもあれば、婚家での苦しい思いや、家族の死などへの複雑な感情。

その17年の歳月は作者の心に重い束縛も加えただろうが、その中で生み出された数多の秀歌に

深い感銘を覚える。


 好きな歌をいくつか並べてみる。

 塾帰りの少年は言ふ歌ふごと「晴れた夜には、宇宙が見える」
(近頃、星座や銀河を見ることを宇宙が見える、と言ったりする。現代の少年らしさがよく出ている)

 散らばりやすきわれをやうやく取りあつめ首飾りてふ鎖で縛る
(女性歌人らしい歌)

 家族とふそれぞれの髪がよぢりあふ排水口とふ闇への入口
(生理的にぞっとするほど、よぢりあふ髪の見事な用い方)

 なまぐさきものぞ真珠もビーナスも暗くつめたき海よりあがる
(真珠、ビーナスをなまぐさきものとする感覚の面白さ。たしかに海からくるものはどれもなまぐささがある)

 乳の下の汗をざくりと音たてて真一文字に少年は拭く
(少年の健康な身体と潔さが輝いている)

 殴られても殴られても従はぬ女が憎いか春ちかき夜の
(ショックを感じる作)
 逃げてきた街に桜の咲くことを母に電話で短く告げる
(桜が印象的な道具になっている)

 われの住むマンション八階うはのそらまことにわれはうはの空に住む
(マンションへ越してきて感じている解放感)

 甲子園の閉会式にホルン吹く吾子の頭上のその秋の空
(すがすがしい)

 このやうに未来はいつもやってくる「冷やし中華はじめました」
(このユーモアも作者の持ち味)

「鬼の道」の章には秀歌が多いが、ユーモアで処理された2首が好きである。
 鍵をあけ窓あけ風いれ床のべて死者の枕辺掃除機かける
 逃げ水のきらめきのなかゴンドラのあらはれるごと霊柩車くる

 死んだ死んだおまへはしんだと言ひ聞かすお経読みつぎ生者の驕り
(生者の驕りが利いている)

 何を見てわれは病みしか花のころ鷹匠町の眼科に通ふ
(これはまた女性の色香を感じさせる面白い歌)