美少年(3)・決死

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(2)にひきつづいて伊藤彦造の「四条畷(しじょうなわて)の楠木正行(くすのきまさつら)」です。

昭和17年「陸軍士官学校記事誌」に掲載。

この四条畷の戦で正行は死ぬわけですが、足利軍が射掛ける矢ぶすまの中、決死の斬り込みをかける

勇姿を画いています。

顔が北大路欣也みたい。(ほんとは欣也の父親の市川右太衛門に似ていると書きたいところだが、

右太衛門といっても知らない人が多いだろうから、息子の欣也にします)

楠木正成南朝方の兵を挙げて、湊川の戦で戦死するまえに、息子の正行を説得して彼を本拠地の河内へ

帰すのですが、その父子の別れが唱歌『桜井の別れ』として、涙ながらに日本中で愛唱されたのでした。

(1)青葉茂れる桜井の 里のわたりの夕まぐれ 木の下蔭に駒とめて…(略)

(2)正成涙を打ち払い 我が子正行呼び寄せて 父は兵庫へおもむかん かなたの浦に討死せん

   いましはここまで来つれども とくとく帰れふるさとへ(後略)