上級コースのエロスの味

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 詩人藤木明子さんの詩集『どこにいるのですか』は2005年6月に編集工房ノアから

発行され、わくわく亭は幸運にも、すぐに入手することができた。

 【ISBN4-89271-592-1 C0092 ¥1900E
  編集工房ノア TEL 06-6373-3642】

 それから、2年余りになるが、いくどとなく繰り返し読んできた。

 いくど読んでも、読むたびに、平易な言葉が、しーんとこころに沁みてきて、

じっとしておられず、詩人のいる方に手を差しのばしたくなる衝動をかんじてしまう。

 その意味は、いくつか作品を読んでもらったらすぐに分かってもらえるはずです。



 詩人は、けっして若い女性ではない。だが彼女の詩にあらわれるエロスの、

なんとみずみずしいことか。詩が表出する、その肉体のなんとしなやかで、

甘くかぐわしいことか。

 死を対象とした詩が、この詩集には少なくないが、あくまでも生の側にスタンスを

据えた言葉には、しずかな輝きがあって、とても美しい。


 もうあれから6年になるのだが、ある都市の芸術文化賞の受賞式で、

僕は藤木さんと同席した。

 そのとき知り合ってから、藤木さんは僕が書く散文のファンだとおっしゃるのだが、

僕こそ藤木さんの詩の大ファンなのです。




              〈さがす〉

        いつもいつも触れられるのを拒むような

        あなたのほっそりした裸身を

        そうっと両手で抱きしめる

        あなたはどこにもいないのに

        小枝のようにふるえていとしい指先

        その湿った肌のにおいを

        はじめからあなたはなかった

        ずっと求め 求めつづけて

        私だけが取り残される

        椅子取りゲームのように

        だれも見向きもしない

        孤児のまま大きくなって

        私の背中には千六本の腕が生えた

        たったひとりのあなたをさがす腕


 千六本の腕が生えるまで、愛をさがして、抱きしめようと、

腕はつぎつぎと生えてきたのだろうか。かくして慈悲深い千手観音におなりになった?



              〈読書〉

        川波が岸を洗う

        永代橋の中ほど

        足音でわかっていた

        私の身請けのためにいかさまをやり

        私と世帯を持つために賭場から逃げた

        河明かり

        夕闇の向こう 飛び魚のように

        アイクチが光って

        追われてきた男の血の匂いは

        身ぶるいするほど恋しかった

        この時を待っていたんだ

        ずうっと 私

        殺しておくれよ あんた 斬り刻まれる前に

        男の腕の中でぐったりする

        きれいに鞣された体に火がつく

        何の手順もなしに情交する

        男と女

        ああ エロスの毒にまみれて死にたいね


 詩人は誰の小説で、こんな道行きを読んでいるのだろうか。藤沢周平さんか山本周五郎さん?

 それにしても、きれいに鞣された体とは遊女の肉体のことだろうが、うまいね。

 どうだろう、エロスの毒の甘そうなこと。



              〈恋文〉

        私のそばを気配のようにする抜けて

        ざわざわとゆめの残りをかき分ける

        あんなに年取って

        欲情のないくちびるは足の裏と同じ

        言葉やさしくだまされても

        今だったらお返しできる

        文学的にね


        こんなに年取って

        私の体も足の先から土に還ろうとしているが

        おいしいものを味わう力はまだ充分にある

        もうナイフなんかつきつけないから

        歩いてきてよ こっち向いて

        上級コースの恋愛がしたいの

        むずかしいことはいわない

        ちゃんとルールは守るわ


        手を握りあって駆けていった山道

        風の中のススキや花野のリンドウ

        思い出させてあげる

        人生の美しい上澄みを

        深みにははまらないわ

        ミステリアスになった私を

        もう一度だましてみませんか


 肉体が若さを失ったとしても、年齢を重ねてきただけ精神は洗練され、野暮ではない

上級の愛を演じられる、という女の円熟のエロスは僕を惹きつける。

 だませるものなら、ほんと、だませるものならね。



 この3編では藤木明子さんの詩の魅力は伝えきれない。もう一回つづけるとしよう。