ミネラル不足なのか?

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 死ね、とか殺すよ、などと聞き捨てならないことを、子供や若者がかんたんに言うでしょう。

 男の子ばかりとは限らない。女の子たちも言ってます。

 電車の中などで、中学生の女の子たちが、ふざけあったりしているとき、そんな言葉が飛び交っています。
「ざけんなよ(ふざけるな、という現代語)。死ねよ、もう」
「なによ。ほんと、殺すよ」
 わくわく亭の世代が「バカいうな」「ふざけるな」というような場面で気軽に使うようです。言葉が時代の鏡とするならば、現代は他者に気軽く「死ね」といえる時代なのかねえ。


 その日、駅前からバスに乗るつもりで、妻が一足さきにバス停にむかい、駅の売店で雑誌を買う僕はすこし遅れました。
 バス停には20数人が列をなしており、その中ほどに妻がいました。
「あなた、ここ」
 妻に呼ばれて、僕はなにも考えず彼女と一緒になったのです。
 しばらくして、すぐうしろにならんだ男のブツブツいう声が聞こえてきました。どうやら僕が列に割り込んだことを非難しているらしいのです。
「すみません。二人づれなもので」僕は彼に頭をさげました。
 彼は18,9の若者で、顔を下に向けたまま、ブツブツをつづけています。
 たしかに僕は割り込んだわけで、列の最後尾に回るべきかなと思いなおし、妻に「おれは後ろにいくよ」といいかけていました。
 そのとき若者が顔をあげて、僕に吐きかけんばかりの語気で、こういいました。
「ころしてやろうか」

 一瞬あっけにとられた。わくわく亭は「絶句」状態でした。
 こんな場所で、「殺してやろうか」といわれるなどと誰が予想しますか?
 彼は顔をすぐに伏せたが、こちらに放たれた彼の瞬間の視線は、その言葉にふさわしい凶暴さを帯びていました。
「あなたね、いまなんといった。こんな場合に使っていい言葉じゃないだろう」
「殺してやろうかっていったんだよ」
 下を向いたままだった。
 わくわく亭にもつよい怒りの感情が湧いたのです。
「殺すだと。そんな脅迫まがいの言葉を口にする場合か……」
 一触即発の危機に誰よりおどろいたのは、わくわく亭の妻です。
「あなた、やめて、やめて」と僕の腕を必死にひっぱりました。
「その歳で、こんなところで、けがでもしたら、どうします」
 ちょうどバスがきたので、僕たちは列のうしろに回ったのでした。
 ケンカになったら、若者が有利にちがいないけれど、こっちの興奮は容易におさまりません。バスにのりこむと、さっきの相手を奥までさがしました。
 相手の姿は見えない。
 わくわく亭にとって、さいわいにも、相手はバスに乗らなかったようでした。


 学校でのいじめ問題が深刻ですよ。
 生徒たちの間で、死ね、とか、殺してやろうか、といった物騒な言葉が、ふざけあいや、からかいの場面で日常的につかわれていたら、その言葉が本来持っている暴力的な意味に不感症になってしまうじゃないですか。
 ところが、いわれた相手には、ほんらいの暴力性が意識されて、いじめと受けとられることは大いにありうるでしょう。
 言葉のもつ「力」についての認識が欠けているのではないか。生徒ばかりか教師までにも、そうした「不感症」は拡大しているようです。(先生たちも、生徒に、こら殺すぞ、などといっているらしい)

 さて、日本人がキレやすくなったといわれています。
 その原因について、わくわく亭は、最近ある栄養学の権威による仮説を読みました。

 ミネラルの不足が原因だというのです。ミネラルには興奮状態を抑えるはたらきがあるのだそうで、かつて日本人は海藻やら根菜などから摂取していたのが、この50年で摂取量が7分の1に減ったのだそうです。
 高タンパク、高脂質、高カロリーといった欧米型の食生活の中で、大人も子供もミネラル不足に陥ってしまい、日本人の脳は自己抑制がきかなくなっているらしいね。

 つい先週のことです。
 朝バスに乗ったところ、かなり混んでいて、二人がけのシートのひとつだけに席があった。シートの中央には十代の若者が、耳に音楽イヤホンをかけ、両ひじをひろげてコミック雑誌を読みながら座っています。
 
 ちょっとヤバいかなと思ったが、僕は「すみません」と一声かけて、身体を思いっきりすぼめながら腰をいれました。
 
 彼は1センチもゆずってくれないから、どうしても身体が接触する。バスが揺れるたび、彼の片腕とコミック雑誌が僕の胸の正面にきます。席の反対側には余裕があるから、
「すまないけど、すこし詰めてくれませんか」というと、
「うっせえんだよ」うるさいんだよ、という現代語である。
「ことわりもなしに座りやがって」 
「いや、はじめに、すみませんと声をかけたよ。席はふたりがけだから、すこしそっちへ寄ってくれませんか」
「うっせえんだよ、このおやじぃ。せまきゃ、すわんなきゃいいだろうが」
 こんな罵声を浴びせられたのは、生まれてはじめてだ。
(ま、それも当然で、若い頃は「このおやじ」と他人から呼ばれることはなかったわけだから)
 おまけに彼は故意か偶然か、片ひじで僕を突いた。
 そのとき、あいにくと、「あなた、やめて。けがでもしたら、どうします」と留めに入る妻が一緒じゃなかったんです。

 すでに脳の中で、アドレナリンがどっと出るのが感じられました。
 栄養学者によるところのミネラル不足が、このわくわく亭に於いても、あきらかになったのです。

 つまり、僕わくわく亭はキレたのである。

 以下は省略にしたがう……。



 ~上掲の写真はインドネシア バリ島のみやげもので、魔除けの怪物。
 文章とは直接関係のないものですが、おどろおどろしい異様なものを貼り付けることにしたので~